+ new component
少し前に「根無草」という短編小説を書きました。
家族、笑い、宗教、円環の話です。
あの日サラミを噛み締めていた少年はどう生きたのか。
一枚の家族写真が何を語るのか。
よければ読んでね。
#note創作大賞 #創作大賞2026
note.com/nagasi2/n/n5...
たしかに最近「お役所仕事」って言葉を聞かなくなった気がする。
これは官僚制の勝利なのか?なぜ空飛ぶ自動車はまだないのか?どうして僕たちこうなっちゃったんだろう?って疑問を、ルール・ゲーム・プレイっていう切り口から見直す面白い本だった。
『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』
デヴィッド・グレーバー
『別冊青音色 詩歌をめぐる冒険』
詩あり、短歌あり、古典や和歌を巡る物語あり。
こうして読むと詩もいいなぁと思う。和歌や漢詩にまつわる思い出の話は、故郷を思い出すと同時にもっと自分のルーツを知っておけばよかったと少ししんみりした。
多様な表現法の混じったアンソロジーなのに、どれも面白くて一気に読んでしまった。次の休みにもう一度、ゆっくり読もう。
頑張って読んだけどよくわからなかった。
ドストエフスキーの凄さは芸術家としての凄さだみたいなことなんだろうが、僕の中では芸術と文学は別物。というか芸術というものに心を動かされたことはない。
どうも物そのものより、その周りの物語に価値がついているようにしか思えない程度の感性しかない。
残念。
『ドストエフスキーの詩学』
ミハイル・バフチン
歴史とは変化の記録であるとする進歩史観が根底にあり、行き詰ったように見える合理主義とは別の軸を求めるなら、全てが循環していて世界の超越と内在化を往還する思想文化から学びが得られる可能性は大きい。
執着としての根とそこを飛び立つ翼を手にすることで呪縛から解放されることは二律背反に見えるが、全世界を故郷にすることで乗り越えられると、メキシコインディオはいう。
これを社会運動に転換してしまうと夢物語に感じてしまう。個人のセーフティネットとしてみることの方が良い気がする。
そう考えるとその結節点に近いと思われる宗教家には本来の存在意義を取り戻して欲しいヨ。
『気流の鳴る音』真木悠介
ヴェーダ時代から現代まで、インド思想を宗教と哲学が未分化な精神史として俯瞰する入門書(?)
祭式重視のヴェーダから「梵我一如」を説くウパニシャッドへ。
仏教等の登場により「自己批判」を繰り返す動的な歴史が興味深い。
思想を論理ではなく「生き方」として扱い、人が抱える執着への自覚だけを追い続けている感じがする。
特に近代のガンジーにつながるのはよかった。ガンジーは非暴力を「戦術」ではなく自己の暴力性を克服する修行と位置づけ、近代文明の利便性や闘争原理を根底から問い直したのか。タゴールとの緊張関係を含め、近代インドを「人間とは何か」をめぐる巨大な精神運動として読めて面白かった。
『インド思想史 』
富永仲基がサトシナカモトの元ネタかもしれないというので気になっていた。大乗非仏説の元ネタの人か。ルソーと同時代の日本で独立した個人として合理的に物事を探求した先駆者らしい。
「加上」をキーワードに儒教・仏教・神道と歴史・言語・民俗との関連に注目した手法と見解は日本人の宗教観を大きく揺るがし廃仏毀釈に少なからぬ影響を与えたのか。
文献学的手法の先駆性はともかく、なぜそのような「加上」が起こったのかに対する眼差しが、秦緩の息子たちの話を通じて「兄を愛さなかったからではない、兄と異なったところが無ければ父と同じであることができない」という人の性を見ているのがいい。
『天才 富永仲基』 釈 徹宗
経済民主主義の渥美俊一を現代日本に最も影響のある思想家と思う僕には理解できなかった、千葉雅也がサイゼの注文方式を物象化批判した件。それキッカケで本が出たとのこと。
疎外の哲学史が、マルクスを中心に社会契約論、弁証法を経てフォイエルバッハ、ハイデガー、フロムなどの論が説明されていた。
欲望に駆動される資本主義下での分業が疎外の原因で、改良資本主義では克服はできない、というのは机上の空論に思えるが、疎外と疎外感の解消は別という論を逆手に取り、渥美が推進したチェーンストア理論を拡大し、東浩紀のいう「客的-裏方的二重体」で社会を混ぜることで克服ができるのではないかなどと思った。
『疎外論入門』田上孝一
『サイゼをめぐる冒険』
福島さんの巻頭言がグッときた。
なんだかんだでみんなサイゼが好き。
そんなサイゼでの想い出を、言葉にするのが上手な人たちが語ったらそりゃ面白い。
サイゼを代表とするチェーン店はどこにでもあって街の個性が無くなるなどの批判もある。けど、こうして誰もの日常にそっと寄り添って知らない人どうしでも想い出を共有できる優しい世界に貢献しているのを目にすると明日からも仕事をガンバろうと思える。
ロシアの思想家、ミハイル・バフチンの概説書
対話・ポリフォニー・カーニバル論などもバフチンの人生や時代背景なども知るとよりリアルに思えそう。
対話とは生そのものであり終わりを前提としない。対話とは感情移入ではなく互いが豊かに変化するためのもの。対話とは必然的に他者を必要とする。無常を前向きに捉えたような解釈を苦であったであろう人生で紡ぎだしたのはすごいと思った。
ポリフォニー論はよくわからなかった。
カーニバル論のグロテスク・リアリズム、陽気な瀆神行為・畜生のような行為と笑い、の価値の反転・二面性などはこころ惹かれる。ラブレーは読んだことがないから読んでみたい。
『バフチン』桑野隆
流し
流し
流し
流し
流し
流し
流し
流し
流し
流し
ー不謹慎な笑いー 【私】 父が死んだ日、私は会社にいた。 会議が終わって、 デスクに戻った直後だったと思う。 スマートフォンが震えて、 画面に母の名前が出た。 電話に出ると、兄の声だった。 「亡くなりました」 それだけだった。 私は、分かったとだけ答えて、 通話を切った。 周りではキーボードの音と 電話の声が続いていた。 忙しい、いつもの日常だった。 画面に戻る。 数字と文字の並び...
note.com