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余談2。
『ラ・ボエーム』公開の頃の映画雑誌を見てると明らかに時代が変わったと思える記事多数。
『モーション・ピクチャー・マガジン』1926年4月号ではガルボを特集。『ピクチャー・プレイ・マガジン』1926年4月号にはクロフォードとブルックスが登場。
三人に共通するのはこれまでのスターになかった「目つき」。これが新時代。
映画『ラ・ボエーム』公開100周年。
これは『モーション・ピクチャー・マガジン』1925年9月号の一ページ。
『ベン・ハー』主演俳優ラモン・ノヴァロがリリアン・ギッシュの彫像に向かい讃歌を歌っているという企画写真(ふたりの共演作の予定があったのだろうか?)。
ノヴァロは実際ギッシュ・ファンだったようでアフロン本によれば『ラ・ボエーム』公開後ギッシュへこんな文言の手紙を送ったのだとか。「ミミは死すべき定めだった。リリアンは永遠に生きる定め。ああ、不滅のひとよ」。
100年前の世界は恐慌とファシズムと戦争へ移行してゆくわけですが、100年後の今現在はどうか。もう第三次世界大戦が始まっていると言うひとも多くいます。とすればそれは第一次とも第二次とも違うもの、三十年戦争のようなものとして21世紀の後半まで続くかもしれない。その犠牲者は三十年戦争と同様、直接の戦闘の死者以上に間接的な影響によるものが一層膨大な数となることでしょう。
過酷な時代になりました。周りの人間が敵に見える人もいることでしょう。そしてその感覚は、たぶん当たっている。
過酷な時代には生きることより死ぬことの方が容易い。しかし、生き残りましょう。そのためには何をなすべきか、です。
クソ以下の為政者やクソ以下の守銭奴やそれを支持するアホどものせいで殺されるだなんて冗談じゃない。
自伝にもある通り、1926年の時点で映画界が大きく様変わりしていることをリリアン・ギッシュは自覚していました。そして自らを旧時代所属者であると強く意識していた。だから彼女にとって『ラ・ボエーム』は旧時代人の存亡を賭けた戦いであったのです。たとえ反感を持たれても、製作者監督共演者を説き伏せ、がむしゃらに走り抜けた。死の床の消尽しかけた「ミミ」はそんなギッシュの姿に重なります。ルネ・アドレーのキスはそれへの「よく頑張ったね」というご褒美だったのではないか。その役はギルバートでもおかしくはない。しかし最後の筋書きをオリジナルなものに書き換えたギッシュはアドレーからご褒美を貰いたいと願ったのでしょう…
それでは、しばしの間お休みを頂戴いたします。
余談3。
『ラ・ボエーム』の「ミミ」の最後。プッチーニのオペラでは、集まった人々が目を離した時にこと切れ、その後皆が気づくという流れ。
映画『ラ・ボエーム』は基本オペラのストーリーを踏襲してますが、ここは「ミュゼット」だけが気づき看取る、と改変しているのです。脚本はギッシュがド・グレサックと共作してるので、この変更はギッシュによるものなのかもしれない。
ギッシュの目と口をやさしく閉じさせた後、そっとキスするルネ・アドレー。ここは本当に素晴らしいシーン。『散り行く花』には無かった、なぐさめのシーンでした。
女性のキスを静かに受け入れるかのような安らかな顔。そう、相手は男性ではなく女性なのです…
余談1。
『ラ・ボエーム』の時点でリリアン・ギッシュがスタジオで強力な権限を持ちえたのはルイス・B・メイヤーの庇護があったからとも言われています。メイヤーはかつてグリフィス作品の興行で巨利を得たので、その恩義を感じてギッシュを大事にしてたのだとか。
でもギッシュが仲が良かったのはむしろタルバーグの方だったらしい。才人同士気が合ったか。初対面は『ロモラ』公開でギッシュがハリウッド訪問した時。駅で出迎えたタルバーグを見たギッシュ母は、彼があまりに若く童顔なので重役とは思わず会社の使い走りと勘違いしたのだそう。「いやぁよく間違えられるんですよね」とタルバーグは笑ってた、というイイ話も。