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バケモノにはバケモノをぶつける戦法で、見事バケモノを演じきったことにより理不尽モラハラ職場と気持ち良く縁を切った友人のことを思い出したわ…強いウォンナは好きよ…元気にしてっかな、幸せに暮らしててほしい。
正当で正攻な方法が通じないなら狡賢さもやむを得ず許されるもの…と、言われた気がしました。
盗賊相手に騎士道精神が通じる訳ないもんな。
夏至ということは現代魔女的にはリーザな訳で。
ちょっとタロットいじるかーって展開したら
【「この人に決めた!!!」という女性へプロポーズしたいのに毒母の妨害が凄くて婚約に至れない殿方のような男性性エネルギー】
みたいなキーワードが出てきて(平成の昼ドラかよ…)となる等。
わたし自身、わたしがなりたくなかった人間になってしまったのかな。
平和のために、楽に生きられるように、皆が平等でいられるように。心を殺して、個性を殺して、システマティックにルールに順応化すれば、どう頑張ったって生まれつき個性があって不平等なわたしたちはどこかで規律から外れてしまう訳だから。そこを無視してルールに従い続けることは間違いなく思考停止行動な訳で。
でも個性に重きを置けていたとしても己の弱さをただひたすら悪として捉え、それに打ち勝たんと努力や自分磨きや自己実現を繰り返してくのも、結局は臭いものに蓋をしているだけであって、本当の意味で自分を労ることを諦めた思考停止行動だと思うのです。
どう足掻いたってクズな自分をクズと認めたうえで可愛がる難しさよ。