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Ми ся любит Карпатьска Русь. Єден русинофіл.
Ϥⲩⲙⲓⲧⲁⲕⲁ









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ゼウスに拐かされた妹のエウローペーを追って兄のカドモスがギリシアを訪れテーバイの祖となったという神話に関して、「エウローペー」が「西」を意味するアジアの言葉に由来するという説については異論もあるようですが、しかし「カドモス」もやはりフェニキア語の「東」に似ているらしく、そう考えると普通にアジアの「東西」に由来すると考えるのが妥当に思えますが、しかし英語やドイツ語の「熊」が「茶色い人」という婉曲表現で、感覚としてはロシヤ語の「蜜を食べる人」と同じであるという説も「究極的には実証不可能」という異論が提示されているそうなのでなかなか証明が難しいようです。
戦後の大倭豊秋津洲に加害性の認識が欠落していたとすれば、冷戦戦略という壮大なる博奕を前に宗主国が敗戦国の旧来の支配層を手つかずにしたことと、hub and spoke体系という、多国間関係ではなく二国間の同盟関係を複数の国との間で結んでいく、車輪の輻を思わせる宗主国の特徴的な外交関係とが奇跡的に結合し、戦後の瑞穂国が他の同盟国や周辺の国々との関係をあまり意識しなくて良いという状況が生じたということに起因するのであって、これに関して宗主国の責任が皆無とは言えないという程度には僕も反骨の心根がありますが、それは侵略を受けた先の国々や人々にとっては何の意味もないことです。
最初にアシアーとエウローペーという言葉で呼ばれたのはおそらくフェニキア商人とギリシア人が通商関係を築いていたボスポラス海峡の東岸と西岸というごく一部の地域であったといわれるわけですがそんなことに拘泥しなくても宰相や国防大臣という仕事は務まるのだと思うと何だか元気が出てきました。多分「アジア」にカザフスタンやトルクメニスタンとかは含まれてなさそうですがあまり多くを期待してはいけないのだと自分を納得させることにします。 僕が背筋に怖気が走ったのは、ポル・ポト政権下で「子ども医師」が病人にオレンジジュースを「ビタミン剤」と言って注射していたという話です。
「昔って…先輩がまだフツーの人間で、「ホール」に住んでた頃ですか?」 「ウン、あの頃の生活は緊張感があって充実してた……」 「魔法使いの血筋がバレて町中からリンチにあってたんでしョ?」 「ああいう体験はしとくべきだよ、肝がすわる。」 (林田球『ドロヘドロ──❷』小学館、2002年、pp. 15-6)
俺がなんか作るときに「小国だとか国を持ったことのない地域は大国のために存在しているのではない」と「小国かと思っていたら大国意識があった」というのは是非とも組み込みたいというひそかな願望がございますが、後者に関してはどうやら非常に受けが悪いらしいという汎人類的傾向を段々と僕も理解してきました。 『ドラえもん』という古典文学で、主人公が自分より成績の悪い転校生に大きな態度を取っていたら、親友から魔法の道具で二人の様子を普段の自分とスネ夫とに入れ替えた様子を見せられて愕然とするという場面があり、全人類がこの感情を共有できると思っていたのですが人間の認知機能が俺の予想より低いのは俺のせいではない。
「1946年の民主的な選挙で、共産党は三十パーセントの得票をスロヴァキア領〔territories〕で、四十パーセントをチェコ地域〔lands〕で勝ち取った──あらゆる国において、自由な環境下では最も高い得票数であった」 (S. Kotkin, “Uncivil Society”, Modern Library, 2009, p. 21) 著者がスロヴァキアとチェコとで違う単語を用いているのは、スロヴァキアが独立国として、チェコがドイツの一部として戦争に参加していたことを意識しているように思われる。 「お前も加担してたよな?」という暗黙の含意をひそかに「東欧的視点」と呼んでいる。俺は。
ただ楽しいだけじゃないお話をするのも義務というか避けられないことだと思っていましたが、楽しいとかは必要不可欠なことですが、楽しいだけじゃないお話はそれと同程度には重要だということもわからん類については僕としたことが「幼稚」であるというらしくもねえことを思っちまった。 俺も適当なことだけ言っていれば官位を貰えて先の心配をしなくていい生活を送りてえなあ。まあ適当なことだけ言っていたら我が第二の指導教官に首を切り落とされる可能性があるので一番最初の作業が一番難しそうです。
侵略した先の国について「自国のおかげで独立できた」と言っている人に関して、僕は「本当は侵略したとわかっているがそう言っている方が心地よいがために『自国のおかげで独立できた』と言っているのだ」と思っていたのですが、どうも「本気でそう思っているらしい」という可能性も否定できないのが少し困りますね。 結局のところそれは戦後処理が中途半端であったとかそういう話に落着してしまうのかもしれませんが内輪向きの言説と外向きの言説とを峻別するようなしたたかさも持ち合わせていないと国際社会では少し危険なのではないでしょうか。そういった基本的な認識を欠いていても生きていてよいのだというメッセージは力強く感じます。