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私の父の故郷・愛知県は日本全体が貧しかった昭和30年代でも、
普通の会社員が出始めの軽自動車や小型乗用車を所有し、個人商店主がメッサーシュミットKR200や BMWイセッタを愛用する等マイカー普及率が異様に高く、
幹線道路整備とアスファルト舗装は首都圏より進んでいたという。
そうしたモータリゼーションの先進性が、現在の名古屋のクルマ趣味環境に繋がっていると思う。
トライファイブ期を特別視するのは後年の市場で、その呼称はシボレー自身によるものではないのよ。
かーんさんの指摘するように、1958年にシボレーに起きたこと——より低く、長く、ワイドになっていくGMの方針に巻かれるかたちで、X形状のセーフティーガーダーフレーム(同時期に導入に踏み切ったポンティアックではエアロフレーム)を採用したことは、なによりもトライファイブ期の車との互換性を失うことだったわけで、それがトライファイブ伝説(トライファイブ言説)を補強しているともいえる。
5年前、九段下でコロナワクチン接種を受けてから徒歩で神田〜秋葉原へ向かい、古本屋街、レオナルド、リバティー、ラジオ会館を回り電車で千葉の自宅へ帰っても、副反応や発熱がなかったのは身体が強いからだったのかな?
日本や欧州では長く80'sまで高級エンジンの代名詞だった直6エンジンが、U.S.A.では50'sで標準もしくは廉価版に位置付けられているの、すごいことだな。
だからと言ってV12が超高級エンジンとしてU.S.A.では普及したりしなかったのも、あくまで自動車は実用品という感じだ。
それまでスペシャルだったものが150になり、デラックスだったものが210になる。ベルエアだけが無傷のまま残される。この150/210/ベルエアの総体をシボレーは「モトラミック・シボレー」と宣言する。すさまじい剛腕だし、よく見ればマッチポンプでもある。
デトロイトいちの循環論法の使い手だと思う。
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おお、これがファラオス…
nagakutetimes.com/%e4%b8%8b%e5...
話題の映画『マイケル』
ジャクソン5で成功した兄弟たちは邸宅の庭先にベンツやフェラーリを停めているが、
マイケルはソロ活動で名声を高めても愛車はマーキュリー・モナーク4ドア。
車内シーンではパワーウィンドウすらなく、手巻きレギュレターハンドルが映っている。
80年代に入り仕事先によってはリンカーンのリムジンで乗り付けるようになっても、普段使いはモナークのまま。
この辺りにマイケル・ジャクソンの人となりが垣間見える。
昨日行ってきた七ヶ浜の展示会での、アメリカンカープラモ勢はこんな感じでした。
参加者総勢80人以上で大盛況だったこのイベントのなかで、作っている人は少なそうでしたがいいものが見れました。