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農村の中の旧商店街に育った自分としては「自分の先祖がいつなぜどこから来たか?」「同じ村内でもなぜ山奥に暮らす人がいるのか?」が、20代までの無意識下での関心としてあった。
その上で、30代に入ってから柳田國男の『先祖の話』で自分の興味関心が「民俗学」という名だと知り、宮本常一作品に触れたのは『山に生きる人びと』が初めてだったと記憶している。
なので、都会に生まれ育った人が青年期に民俗学を知って衝撃を受けた、とはちょっと違う出会い方にはなるのかもしれない。
柳田や宮本との出会い以前に、幼少の頃に近所に住んでいた親戚の老婆が、自分にとって最初の語り手であった。
また夢の中で学部四年生に逆戻り。
今朝は、のちに「向いていなかった」と発覚する理系の、しかも純・理学系の専門職への就職をめざし、大学院を選択するというとんでもないシチュエーションだった。
生まれ変わったら民俗学の道に進みたい、と素面の時は考えているのだが、夢に中ではいまだに理系に憧れている。我ながらおめでたいおつむだ。
夢にしか出てこない道、街、建物などが登場したが、肝心の夢の内容を忘れてしまった。
頭の中で、BlueskyをButterflyと呼んでいる自分に気づいた。
ヒトの不幸をエンタメ化する。
田舎のコミュニティでは日常茶飯事だった。
てっきり、私の田舎ならではの低次元な文化なのかなと思っていたけど、実際のところは「日本ならでは」なんだろうね、残念だけど。
一番好きな三月をじっくり愛でる間もなく、四月がやって来た。今年の桜は早かった。
最初に勤めた業界が、年度末=超繁忙期という毎年わかりやすいサイクルで、三月下旬ともなると、納期目前の切迫感と新年度への淡い期待がないまぜになって来たものだった。
休日出勤の帰りの、乗り換えの赤羽駅のホームで感じた春の夜風を、たまにふっと思い出す。
季節の変わり目に鈍感になってしまうことが大人になっていくことだとしたら、寂しいものである。
#私を構成する9冊
二度目の高校生活。なぜかメンツは一緒、なのに男女共学。
さあ文理選択というタイミングで、「現実では何浪もかかった某大学の理系学部に、今度は現役で受かってやる」と力んだ後で、ちょっと待てよ、と。
どうせ二度目なんだから、本来得意な文系で高みを目指せばいいんじゃね?と。ほかの大学という選択肢もあるんじゃね?と。
途端に気が楽になり、身体の中で何かが充溢してくる感覚に。
ちょうど下校するつもりで階段を降りていたが、踵を返して教室で殊勝にも居残り自習に取りかかろうとした矢先、クラスメイトの男女から、なぜか持参していた赤い下着についていじられたところで夢から覚めた。
院生時代の研究室のOBOG会に参加。なぜか、会場は農村にある実家の近所。
散会後、そそくさと抜け出し裏道から実家へ歩いた先にある民家に入り込んでしまう。どうもテレビ番組のクイズに巻き込まれたらしい。
3問目で場面が切り替わり、放り出されたのがどこぞの郊外。グラウンドからアフリカ系外国人がかっ飛ばす場外ホームランを避けつつ幹線道路に出ると「市原市」の青看板を発見。ならばと、JRの駅を探す。
が、見当たらない。小柄で可愛い巫女さん達6人が居並ぶ宗教施設で道を聞くと、なんとそこは宮城県の市原市らしい。初耳。
巫女さん達に案内されながら、まずは新幹線の駅を目指そう、というところで夢から醒めた。
かなり飛び石的に読んだので時間がかかってしまったけど、木村哲也氏の著作『宮本常一』読了。終盤で草野マサムネが突如登場して驚いた。長年聴き馴染んできたミュージシャンが自分の興味関心と地続きになっているのは、嬉しい。
amzn.asia/d/0b2lhMXo
犬子山フツカ
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