様々な物の見方が時計塔信仰に左右されないのは、ひとえに猜疑心を捨てていないからで、すべての物事は多面体でできていると知っているから
イムの場合は恐らくそうなんだと思います、だから見ないふりをしたり手を貸したり、逆に手を借りたりもしようと思うし、なんだかんだ一心に塔を信じきっている方々よりも信用を置いていそうです。
敬虔すぎればいつか連星のように欠けてしまうかもしれない、けれどマリーの時のような悲劇は二度と起こしたくないと思っています 食い止めるためには己のほかにも信心以外のこころを持つひとが必要で、観測局の方々はおそらく願ってもない逸材でございます