翻訳の難しさや楽しさ、美しさの次元になると僕などには何も言えない。ただ一つ、翻訳について忘れられない思い出がある。僕は小学生時にあかね書房版のポー「細長い箱」を読んだ。子供向けとはいえ当時の時代を反映した素晴らしい版だったが、事件の裏にある真相が明かされる終結部はオリジナルでは単なる説明としてのみ記されているのに対してあかね書房版では話者と会話している船長によるドラマ仕立てになっている。しかも細部にかなりな追加説明が施された形で。これをこと「翻訳の正確さ」という観点から評価すると、ひょっとしたらもう小説の翻訳物にはあたらない改変版と見做されるかもしれない版だったのだ