+ new component
円安に次ぐ円安のためにFolsomイベントへ行くのもまた夢の夢に…
現代の日本における「裸体」に対するまなざし、明治期からほぼ変わっていない奇妙な接木のままではという気持ちがある。外部への興味がなければ自らの過去を振り返ることもなく。
いわゆるお客様意識だけが肥大し、参加者意識はほとんど育ちませんでしたね。むしろ退化していない?という話なのだとしたら相当グロいな。
理念(なんか)がなくても、より多数派であればあるほど既存のシステムに乗っかってぬるぬるとやっていけた。今はあらゆる箇所で社会の仕組みがぼろぼろになっているのでそんな時代はもうとっくに終わっていると言えるんだろうけど、人間はまだいるし、これからもいる。じゃあ一度もまともに体現したことのない理念をこれからどう作っていけば良いのでしょうか。という大変シビアな状況。こういう話をしても伝わらないか、興味を持たれないことがほとんどなので書いておく。
つまり、まともな大人が少なくなってきていませんかという言い方に接近してくるのが余計にエグい。もちろん「まともさ」は時代や場所によって変質するのはそうなんだけど、正直な感想を述べるともうそれ以前の話になっているかと。
タンタンの冒険に出てくるハドック船長(むちむち)がプログレスプライドフラッグを両手で持ってゲイプライドフラッグ柄のジョックストラップを穿いているイラストを見られたので今日のSNSは満足です。このパワーの前では「解釈違い」とかそういう概念がチンケに感じるよ。
スペシャ(スペクタクルの社会)
趣味ではあるもののイベント運用(の一部だけど)やってるおかげか、以前よりも視点が増えて理解が進んだなと思う。その分見えない方が精神に良いものも多いと気付くのだが、これはもう諦めて受け入れるしかない。
もし俺が本当に冷笑マンだったら自分のリソースを削りまくって金銭的報酬や界隈名誉なぞ微塵も求められないイベントのスタッフなんかするわけなかろう、という話は一応ここでしておこうと思います。言葉にしても中々伝わらないことが多いなと思ったので書いておくね。
これは完全に根拠に乏しい自論なんだけど、骨抜きになったレインボープライドイベントより、結果としては一部の同人即売会の方が何らかの理念を体現できる余地がある気がするんだよな。参加者個人の意思はさておき。