//
sign in
Post
by @danabra.mov
PostEmbed
by @danabra.mov
Record
by @jimpick.com
Record
by @atsui.org
+ new component
Post
『新解明・徳川家康の時代』10本の論考を関心の赴くまま読みすすめている。 斎藤直巳「戦国大名の軍役と合戦の実相」は『家忠日記』を手がかりに軍役定書が残っていない徳川氏の実態を考察。軍役定書を制定している北条、武田に比べて、徳川氏が着到人数、武装・玉薬の確保に苦心していない、鉄炮上手に拘らない等、領国における社会基盤の整備が進み、軍役定書を必要としなかったと推測している。 一方、「大なる旗」と呼ばれる四方旗(六✗四尺)は、西国では使用されなくなっており、撓(細くしなわせた長竹)に幅狭く縦長の幟旗が主流となっている実情を伝え、酒井忠次が国中へ撓へ変更するよう指示している点が面白い。