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国旗を燃やすことも、銃を模した玩具を持つことも、この社会では許されている。どちらも暴力ではないが「暴力的」という理由による“検閲”によって、ますます表現の自由が毀損されていく可能性が生じる。しかし、この「自由」の行使に対して不快感や嫌悪感を示すことも許されている。自由に議論が起きれば良い。私の意見に異議申し立てをすることも自由なのだ。だからこそ、自由というものは意識的に維持させなければ脆く、失われることを意識したい。現実に生じる圧倒的な権力による殺戮と並列に扱ったり、相対化することはできない。そして因果関係のない事象を結びつけることもできない。あくまで「表現の自由」という観点において考えたい。