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イギリス軍横浜駐留部隊のダージリン様
1866年に交代した第9(イースト・ノーフォーク)連隊第2大隊の大尉
以前描いたものの帽章を修正した。第9を含む一部の連隊は将校略帽に連隊紋章とアラビア数字の番号を入れたようです。
幕府陸軍・歩兵差図役頭取(大尉)
階級章の役割のある陸軍陣笠に、
地色と家紋の色が階級ごとに規定される筒袖の三斎羽織
デザインは古写真を参考にしました
西洋はサーベルですが歩兵組では和式の指揮杖を振ります
靴は早くも元治元年の絵図で歩兵士官が履いています
(なお兵卒は裸足に草鞋)
午年にちなんで。
南北戦争時の南軍、北ヴァージニア軍騎兵部隊指揮官スチュアート将軍の軍服です。
ディテールは遺品などをもとに描きました。
今年もよろしくお願いします。
修正版。
家紋の部分を微修正
ちな「紋」は個人の自分紋です
マヨールに「イ」はいらない(なんでつけた)
幕府陸軍の階級標目・陸軍役々目印陣笠(いわゆる陸軍笠)
15年ぶりに描き直しました
ようは「陸軍歴史」の図のカラー版です
准尉を表す「アシューダンドヲントルヲヒシール」という階級は現在ではオランダ空軍に現存するようです。
幕府陸軍の階級標目・陸軍役々目印陣笠(いわゆる陸軍笠)
15年ぶりに描き直しました
ようは「陸軍歴史」の図のカラー版です
准尉を表す「アシューダンドヲントルヲヒシール」という階級は現在ではオランダ空軍に現存するようです。
横浜で訓練中の幕府陸軍・伝習第二大隊兵卒
来ている軍服はフランス式ではなく、隊長である沼間守一が英軍の古着を参考に足袋職人に作らせたと言われる
詳細不明だが同時代の植民地戦争で使われた「ジャンパー」サージ製フロックと仮定して再現してみた。
だとすれば複製する際にエポレットや胸ポケットのフラップなどは省略したかも(それだと元がなんだかわからないんで…)
銃は田島応親の回想からエンピール(短)と専用のヤタガン銃剣で描いてます
聖グロのオレンジペコさん+横浜駐留部隊のイギリス軍第9(イースト・ノーフォーク)歩兵連隊兵卒。
1866年から第20連隊第2大隊に替わり駐屯しました。
慶応三年に大阪城で徳川慶喜の閲兵を受けています。
横浜駐留部隊は警備任務なので水筒や雑嚢を下げていません。
眉庇のないキルマーノック(パイだそうな)型略帽に連隊カラーの黄色で彩られた真っ赤な1856年型チュニックが印象的
小銃はエンフィールドP1853ライフルマスケットです。
戊辰戦争時の長州藩兵(奇兵隊士)
呉絽の長マンテル(フロックコート)に同じ生地の腰板のないダンブクロ(紐は白い綿製)
右袖の白線が藩の袖印
冠り物は表黒裏朱の韮山笠
刀は剣吊ベルトを使わず腰に落とし差ししていることが多い
見えづらいけど一応「奇兵隊鍔」です
胴乱はキャップポーチが負い革についてるタイプで描いた
銃は短エンピール(エンフィールドP1861ショートライフルマスケット)
戊辰戦争時の旧幕府軍脱走部隊・衝鋒隊の北越戦争以後の軍装(想像図)
それ以前の梁田戦争で最初に接敵した大垣藩兵の回想に「黒い陣笠」とあり該当する歩兵用兜頭巾を被せてみた
今井信郎の弟の証言にある「英兵の如き赤い服」は梁田で目撃証言が無いため、会津入り以降に支給されたものと思われる
詳細がわからないため、古着と仮定しイギリス軍のサージフロック(ジャンパー)を着せた
差料は梁田の農民の「長い釼」という証言から、歩兵刀でなく掠奪したちょっと派手目な打刀を差してみた
銃はエンフィールドP1853(長エンピール)
幕府陸軍の階級標目・陸軍役々目印陣笠(いわゆる陸軍笠)
15年ぶりに描き直しました
ようは「陸軍歴史」の図のカラー版です
准尉を表す「アシューダンドヲントルヲヒシール」という階級は現在ではオランダ空軍に現存するようです。