+ new component
Loading...
博物月報主宰者。フリーランスの文筆&編集業。著書に『親子で楽しむ!歴史体験ミュージアム』(朝日新聞出版)、史料集成『テーマで読む現代史』(朝日新聞社)など。河出書房新社の書籍「本で楽しむ博物館」シリーズの企画構成を担当。
博物月報
1963年の今日6月15日、坂本九「上を向いて歩こう」(作詞・永六輔、作曲・中村八大)が米ビルボードのヒットチャートで1位になる。
1961年、NHKのテレビ番組「夢であいましょう」で流されて、日本国内でヒットしていた。アメリカでレコードにする際、タイトルを「スキヤキ」としてリリースされた。
作詞の永六輔はこの曲について、「初めて(坂本)九の曲を聴いたときはがっかりしましたよ、あまりにもへたで。でも彼と付き合うようになって、あの歌い方が好きになりました。九は三味線がうまくて、あの独特の歌い方も小唄なんですよ」と語っている(「週刊昭和」36年号 朝日新聞出版)。
1976年の今日6月14日、営団地下鉄駅構内にマリリン・モンローの映画「帰らざる河」をパロディにしたポスター「帰らざる傘」が掲出される。車内に傘を忘れぬよう呼びかけるもの。
以後もチャップリンの「独裁者」が席に大股でふんぞり返る「独占者」など、公共機関とパロディという意外な組み合わせが評判になった。
ちなみに銀座駅では掲出された「帰らざる傘」のポスター10枚のうち7枚が、その日のうちに持ち去られたという。
1990年の今日6月13日、銀行のATMなどで、それぞれの機械の前に並ぶのではなく、1本の列を作って、先頭にいる人から順番に利用する1列待機方式が普及してきた、と朝日新聞が報じた。
住友銀行は6月からこの方式を取り入れ、他の都銀も導入の方向という。10月にはJR東日本も駅の窓口で試験的に導入。
以後この方式はすっかり定着した。
この確認の方法というのが、そこは研究者で、コノハズクを借り受けてまじまじと観察する一方、上野動物園の古賀忠道園長に頼み込んで、飼育されているブッポウソウの夜間観察を行い、夜は餌も食べず、寝てばかりいることを確認、ブッポウソウの声の主はコノハズクであるという結論に至ったという。
1940年の今日6月14日、第2次大戦でパリ陥落。この日、ドイツ軍が入城した。
〈家々はほとんど表を閉ざし、薄汚い老婆や鳥打ち帽にネクタイ無しという労働者が入城を見守っている。寂しい光景だ。/街路樹の下に佇んでいる人影の大部分が赤い口紅をつけ、赤いハンドバッグを抱えた黒っぽい衣裳の女性たちである/かくて陥落1日目のパリは抜け殻のような空虚な雰囲気のうちに更けていった〉朝日新聞17日付の日本人従軍記者の報告。
1935年の今日6月15日、「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥は、従来信じられてきたブッポウソウではなくフクロウ科のコノハズクだと判明。日本鳥類学会で報告された。
きっかけは、NHKラジオが行った鳳来寺山からのブッポウソウの鳴き声実況中継。この時、愛鳥家から飼っているコノハズクが同じ声で鳴くと知らせがあったことから分かった。
ブッポウソウは濃青緑色の羽毛を持つ美しい鳥で、いつしか、あの鳴き声はこの鳥に違いない、と信じられていた。
もっともこの当時でも「ブッポウソウの分布と鳴き声の分布があわない」といった指摘もあったが、「声の仏法僧」はどの鳥かというところまでは突き止められていなかった。
博物月報
明治43年(1910)の今日6月14日、柳田国男『遠野物語』を刊行。350部の自費出版だった。
きっかけは、遠野出身の早大生・佐々木喜善が郷里に伝わる怪異譚を柳田に語ったことだった。柳田は聞き書きをして、これを本にまとめた。
写真は、遠野市立博物館にある佐々木喜善の日記。〈柳田さんの処へ行った。お化話をして…〉と書かれている。
博物月報
博物月報
博物月報
総裁選中傷動画問題。擁護する側から「何が問題なんだ」という主張出てるけど、これを問題無しにした場合、金を持っている超大国が総裁選候補者より遥かに大量の金を投じて介入した場合、打つ手が無くなってしまうのですが……
博物月報
博物月報