戦傷を耐え矢玉の雨を浴びながらも針井某は針井家の館の門へと向かうが、遂に倒れる。
そこは、彼が赤子の頃に棄てられた位置と同じくし、針井某は赤子のようにうずくまり息を引き取った。
針井家は針井某の功により金で作られた仏像を賜る。
しかし、針井某の養父はその仏像を針井某の墓前にて叩き割り、自刎した。
像の破片はこの話とともに伝えられた。
しかし後世、第二次世界大戦後の混乱期に困窮した者によりその像の破片が盗み出され、当座の資金に換えようとしたところ、それは金に似た黄鉄鉱を主成分としたものであると判明した。