とりわけ、(QaFの制作された)90年代から現在までの間に何があったのか、私たちはどうしてここに辿り着いてしまったのか、という繰り返される問いには、同じ時代的推移を目にしてきた人間としては否応なく感情を揺さぶられるものがあった。
クィアポリティクス的に興味深いのは、そこで問われるのが「可視性の政治」の陥穽であること、それを指摘するのがトランスとシスの女性キャラクター達である事かもしれない。
「私たちをカミングアウトさせておいて、よく見えるところに並ばせて撃ち落とす気満々でしょ(大意)」という台詞に象徴される可視性の両面性は、現在のクィア研究でも様々に考察されているものでもある。
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